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幸福とは何か

2ヶ月くらい前から本を読む量が倍増している。なんか楽しいんだよねーありませんか無性に読みたくなる時期。

今読んでいる本の一つがこれ。

10万年の世界経済史

全然読み始めたばかりなのだけど、すごい面白い。
で、話の本筋とは結構ずれるのだが、人間の幸福度は実は先進国と途上国で全然変わらないという話が載っている。

要するに、幸福であるか否かを他人との比較によって図っているというのが人間の幸福度感覚だという話なわけである。
しかもその他人との比較は所得に依るところが大きいという。

確かに納得する部分がある。だがそれ以上に、なんだかこれって悲しいことだよねー。
別にお金がなくても幸せな人はいるだろうし、その逆もいるだろうけど、多くの人が自分の所得(と他人の所得)に人生の幸福度を左右されてるってのは悲しいです。

他人との相対的幸福を求めるあたり、人間が社会的な本性をもっていることの裏返しである気もします。
しかしそれ以上に自分で人生に納得しているか、というのが重要な幸福な要素であると信じたいですねぇ。
みんなが他人と自分を比べて、自分が幸福をジャッジしてるなんてなんか気持ち悪いいじゃないですか。

そうなるのなら、自分がやって楽しいことやって
「楽しけりゃええやん!」
ってやっててくれた方がすがすがしいです。

自分的には、自分なりの絶対的幸福定規を創り上げたいです。
これを達成していくのは自分の幸福度の1要因を成している!っつーものがあれば人生楽しそうです。

選挙の戦況

ダジャレです。

選挙飲み行ってきやした。後輩の城口(もはや)社長が展開しているミログとリアルイベントの合わせ技がなかなかユニークだったな~。

当日の雰囲気でしゃべること考えればいいやと思ってたのですが、結局経営者ちっくな話をしました。私は経営者ですからね。政治に興味がある経営者。所詮その視点からしゃべることしかできないと思ったので。

・・

表題じゃないですが、自民党にとっては散々な結果ですね。
歴史の一つのターニングポイントに差し掛かっているんじゃないかという気がします。これからの政治系ニュースはマストでチェックですな。

でも今回の民主党は勝ちすぎな感がありますね。
自民の閣僚経験者まで小選挙区では負けていますからね。

なんだか負けすぎだろ、って気もします。それくらいこれまでの自民党の政治に鬱憤がたまっていたのかもしれませんが、これで民主党の政治が大したことないと次回反動が来そうですね。

何はともあれ今日は月末です。

stay hungry, stay foolishで行きます。

米国のtwitterと日本のtwitterは違う。

昔こんなことを考えていたことがある。
それは言語の違いによって文明の発展度合いって絶対違うんじゃないかってこと。

基本的に、人々が考えていることを伝える手段としては「身振り手振り」「口述」「記述」があげられる。
これらの集団はすべて実際の思考速度には到底ついていかないのではないかと考えたわけ。

要するに、「あーまじはらへったよ。マックに帰りによって飯買って帰ろう。あ、でも帰りにツタヤにも寄って新作借りたいなー。」って考える時間と口述する時間では明らかに前者のほうが早いのですね。

こう考えると、必然的に導き出される回答として、
長い単語を使う文明は進行が遅いということになります。つまり、特定の思考を伝える際、必ず言語の違いなどによって、情報伝達手段としての優劣は存在するのではないかと思ったのです。

この私の空想が正しいかどうかは別として、どうやら文章としての長さによってメディアの使われ方が変わるというのはあるようです。


On and Off and Beyond

twitterにおいて、140時という制限は、英語においては本当に軽いメッセージ伝達にとどまるが、日本語では結構イケるという話。

インスタントメッセージといっても言語によって情報伝達量にかなりの差が出てくるということですね。逆にグローバルにサービスを展開する際、言語の差を考える事も重要なのかもしれませんね。

でも最初に書いた言語の差による文明の発展の話って結構考えられ得ると思うんだよね。人々の生活がかなりの程度コミュニケーションによって左右されているということを考えると、そのコミュニケーションにおける情報伝達効率がそのまま文明の進展速度に作用してくるというにはあると思うんですよ。

でもこの考え方って危険で、一歩間違うと

「おれの国は言葉短いからお前の国より優れてるう~!」

とかなりそうですね。わら

やってみる事を大切にする

先日とある学生の方から卒論で学生企業を扱うので話が聞きたいとのご連絡をいただき、一時間ほどお話しさせていただきました。

いわく、

「起業するのに、会計とか色々勉強してからする」と

言っている人が多いんだとか。

これはこれで論理的に正しいとは思うのですが、正直この考え方をしている方はなかなか起業に踏み切れないのかな、と思います。
というのも、人間の意志決定行動は確か「探索と充足」(かな?)に分類できるという話を見たことがあるのですが、要するに与えられた時間の中で「正解と思われる選択肢」をたくさん探し(探索)、そしてそれらの中から選択する(充足)というものでした。

これは説得的であると私は思っていて、時間や手段が有限である以上、「ベストな解」とは絶対にありえない概念なのです。あり得るとすれば「ベストと(自分や他人からすれば)思われる解」(ベターな解)なのです。

そういった前提で考えた時に、正直「起業するために勉強する」という考え方はとたんに現実味を失うのではないでしょうか。
大学に入ってみなければその大学で自分に起きる出来事を予想していくことができないように、会社に入ってみなければその会社が本当にどんな会社(少なくても自分にとって)なのか分からないように、起業してみなければ起業するということが(自分にとって)どういうことなのかは解りえません。

おそらく多くの方が会計ができなければ駄目だとか、法律が分かっていなければ駄目だとか、実務上そんなに大したことではない事項に心割かれているのではないでしょうか。

私は少なくても民法、商法に関して多少の知識を持っていますし、実際その知識が役に立ったことはたくさんあります。
しかし、実際もっと頻繁に使っている知識はSEOやSEM周りの知識だったり、見積書のうまい見せ方だったり、プレゼンスキルだったりします笑

起業について色々と思考を巡らせて事前に勉強すること自体は間違っていないと思うのですが、私としては起業する日やそれまでに何をどこまで勉強するなどしっかりと期間を区切って優先度をつけて勉強するのがいいのかな、と思います。

経営者として必要とされる最低限の知識はある程度やれば習得できると思いますが、あれば望ましい能力や知識を云々しだすと時間はとてもじゃないですが足りません。あっという間に人生が終わってしまうくらい深い領域だと感じます。

「最低限」とは自分にとっては何なのかを考えるのもいいのかもしれませんね。
何はともあれ、私の意見としては表題のとおり。
まずやってみる事だと思います。少なくても私はそうしてきました。

政治行動に関するマインドシェア

マインドシェアという言葉がある。
調べたわけじゃないからようわからんが、たぶん特定の物事がその人の心の中に占めている割合のことなのかしらん。

で、人間が考えたり、感じたりする量はある程度一定であり、かつ必ず有限なのだから、何かをしないと言う事はその「何かをする」ということがその人の心に占めている割合(マインドシェア)が少ない(あるいはない)ということと同値である、っていう話。

政治に対して日本人は関心が低いとかよく言われるが、それは政治のマインドシェアが低いことと同値ということになる。
すなわち、政治のことを別にみんな考えていないってこと。あるいは考えていたとしても自分にとって重要と感じてないってことか。

つまり政治に対する関心を喚起し投票率を上げていくには、政治が自分にとって重要な問題である!ってことをいやがおうにも心身に刻み込ませればいいということになります。

そこで、思ったのが政治検定である。
新聞系の検定は発見したが、偏ってそうであんまり・・

それよりもより中立なNPOとかを作るわけ。
そんで、すべての国民が検定受けれるようにする。
結構難しくして、国民の政治レベルが上がるように。

そんなんじゃ国民は検定なんか受けないだろうという批判はごもっとも。
だから、検定に合格したら月2万6千円の手当が入るってのはどうよ?子供手当と同じ額笑

これがはいったら結構でかいと思いますよ。
年間312,000円ですからね。みんな受けるんじゃないかしら。
そんで受けるからには色々勉強するし、政治に関心持つのでは?

マックス5000万人が合格したとしたって年間5000万×312000=約150億円です。
大したことないやん、それで国民の政治リテラシーと政治の占めるマインドシェアが上がるなら。
政治に関心持ってもらって、そういう人たちには政治が補助金を出すなんて素敵な仕組みじゃないですか。
まさにWIN-WIN。

現実味ないですね。
しかも結局マインドシェアの話をどこにつなげたかったか書いている途中で忘れました笑
でも私が日本という国の社長だったらなりふり構わずいろんな手だてを講じますがね。。

天国から来たチャンピオン

という映画を見ました。

※ストーリー(Wikipediaから引用)
ラムズのクウォーター・バックのジョーは、優勝をかけた試合の前日、事故に遭ってしまい急死してしまう。自分の死に納得できないジョーが、天使に抗議したところ、まだ50年もの寿命が残っており天使のミスで50年早く天国に召されたことがわかった。ジョーは即刻地上に舞い戻ることになったが、ジョーの肉体は既に火葬された後だった。

この映画、その後たくさん出てくる天国系映画の走りみたいですね。
私的にはラストシーンがしっくりこないんですよねぇ。

いい映画はいい映画なんですが、日本人にとっての魂の価値観と、アメリカ人にとってのそれとは微妙にずれているのかもしれないなぁと思いました。レビュー見ても人気いまいちっぽいし。。

興味があったら見て下さい。
普通にヒロインがきれいです。

選挙権について

最近選挙に関するネタがすごくホットなので、関連ネタを一つ。

私の個人的な見解なのですが(そしてかなり批判を受けるかもしれないのですが)、
選挙権に関して私は一定の制限を加えるべきではないかと思っています。

難しい法律論や憲法解釈は置いておいて、選挙権は間違いなく主権国家の国民にとっての重要な権利の一つに違いはありません。
しかしながら、現実の世界において、正直な話国民全員が均等な権利を持っているというのはおかしな話なのではないか、と思ってしまうのです。

具体的には、国民が日本の財政や政治をどれだけ理解しているのか、ということ。
要するに、個人個人によって政治に対するリテラシーが違うのにもかかわらず画一的に同等の選挙権を持つ、というのは感覚的におかしいのではないかと思います。

これに対し、政治リテラシーがない人々であっても自分たちの利益を実現させるためまたは権利を守るために選挙権を行使することができるようにしなくてはならないという批判があるのは当然ですし、それが間違っているとも思いませんが、現実的じゃあないんじゃないか。ということですね。(繰り返しますが、憲法解釈だの法律解釈だのの観点に立てば間違っていることは百も承知です。)

現実に目をやったとき、政治リテラシーが低い人々は、自らの利益と権利を守るための正解と思われる決定を下していると言えるのでしょうか。これに対しては正直疑問です。

また政治リテラシーが高い人も低い人も間違いと思われる選択肢を選択する可能性はあるかもしれませんが、前者のほうがその選択確率が低いのではないか、と思うのです。

そこで私の考えは、

①無料の政治関連のテストを全国民が任意に受けられるようにする(年齢制限とかはありかも?)
②そのテストで一定以上の点数をとった人のみに選挙権を付与する
③このテストは何度でも受けることができる
④一定期間経過すると合格者も再度試験を受けなくてはならない

ってのがいいんじゃないか、というもの。
こうすれば、選挙権を持つためには最低限の政治リテラシーが必要になるし、
それだけのテストを受けて選挙に参加するくらいじゃないと自分たちの未来を決める、という意識を欠落させてしまうのではないかな。

ここで発生する偏差に関しては、一票の格差の問題に比べればかわいいと思います。

しかし、これは選挙における案であって、もっとやるべきことはある気がするが。

思考の枠を打ち破る。開かれた鳥かごを想定する。

昨日は会社の営業部中間MTGがあった。
営業部のMTGに私が参加するのは月に二回。月半ばの中間MTGと月末の締めMTGである。
今日は昨日のMTGで皆に言った内容を紹介してみる。

・・

数年前にラルクのhydeがever greenという曲を出した。
そのPV(ページビューじゃないよ)は、彼がでかい鳥かごの中でギターを弾いている、というもの。
カメラがズームアウトしていく中で、実は鳥かごは空いているという事がわかる。

なんで、こんなPVなのかなー。まぁhydeだしようわからんな。
と思っていたが、その後どっかの音楽雑誌で、hydeのインタビューが載っていた。

彼曰く、「僕らが勝手に鳥かごだと考えているものは、実はとっくに開かれている、という事を伝えたかった」。

その時は当たり前だっつーのくらいにしか考えていなかったが、
今は実は深い事言ってたんじゃないかと思いだしている。

・・

スティーブジョブズも言ってます。1分6秒当たりで。

「あなたたちは既にありのままなのです」と。

つまり、自分が持っているプライド、外部からの重圧、作られた制度etc
これらは全て、実は何でもないのです。

そういったものは、人間がこの世で怠慢な脳みそを持っていても生きていけるように作られた、単なる言葉です。

「社長とはこういうものです」
「うちの会社の事業はこうしていかなくてはならない」
「与えられた仕事だけやっていればいい」

世の中には、いくらでもこういう「べきだ」論が存在する。
しかしこの中に、どれか一つでも普遍性のあるテーマがあるかと言えば、そんなことはない。

社長の仕事の仕方なんて、百人百色あっていいわけです。
仕事だってそう。与えられたことだけやるのではなく。与えられた仕事はやる、そしてその上にプラスオンした方がいいに決まっている。

これを単なるタスク管理、to do管理などと言いだすとわけがわからなくなる。
自分がやらなくてはならない仕事に目がくらんで、やるべき仕事に目がいかなくなる。
目的意識に目がいかなくなる可能性があります。

それらは全て人間が勝手に作り上げている思考の枠なのだと思います。
思考の枠とは、すなわち勝手な前提。思考する上での制約の事です。

例えば極端な話、与えられた仕事ではなく会社のため、自分のパフォーマンスを発揮するため、
上司に違う仕事をやらせてくれと直談判することだって出来ます。

あるいは、自分に与えられた目標達成が困難だと思ったら、
新しい手法を自分で考え、実行していく事だって人間には出来るのです。

そういった意味で、
思考の枠を打ち破る瞬間が求められる瞬間は人生で何度もあります。
自分が生きてきた、属してきた規範(という名の制約)に縛られていては最高の仕事は絶対に出来ない。

もちろん、制約の中で仕事をすることが重要な時もあります。
それはチームワークやコンセンサス。そういった事が重視される瞬間でしょう。

だから、単に思考の枠を画一的に打ち破るのではなく、
開かれた鳥かごを想定する事が重要なのです。

「鳥かご」とは「制約」を表現する暗喩ですが、
「開かれた鳥かご」を想定するという事は、
自ら制約の中に身をおき、いつでもそこから出ることが出来る状態を想定するという事です。

つまり縦横無尽です。単に制度を破りまくっても意味がない。けれど時には必要な瞬間もある。
だったら必要な時は制約に身をおき、必要な時には打ち破るという一種の越境能力を持つ必要があります。

なんか色々な所に出てくる慣用句がありそうな主張だな。

「清濁併せ持つ」
「自由自在の剣」
「風林火山」とか・・

私もまだまだひよっこですが、
必ずそんな自由自在な経営者になります。

タンジブルインターフェース

この前テレビを見ていたら、MITメディアラボに関するドキュメンタリをやっていて、素直に感動を覚えた。

メディアラボでタンジブルインターフェースを研究する石井裕さんの言っている言葉で特に感銘を覚えたのが、

”Life is short”

という言葉。

”だから毎日やることだらけ”なのだとか。
エレベーターが来るまでの時間がもったいないと言って、研究室までダッシュする彼を見てモチベーションがかなり上がった。

結局、石井さんのように素晴らしい結果を出している方でも、名誉に安寧するのではなく更なる結果を目指していける人間こそが超一流たる資格があるのだろう。

ところでタンジブルインターフェースすごいですよ。
直接体を使ってコンピューターを操作することができます。

たとえばマイノリティリポートのトム・クルーズみたいにね。
こんなやつとかも研究されています。

空からおたまじゃくしが降ってくる件

母の実家がある石川県で、空からおたまじゃくしが降ってくるという珍現象が続いているらしい。

松本大のつぶやき

実際問題、空からおたまじゃくしが降ってきたらおったまげだが、昔読んだことのある三つ目がとおるでは、空から魚が降ってきていたし、ジョジョの奇妙な冒険part6では、ウェザーリポートがそらから蛙を降らしたものであった。

空から何かが振ってくるというのはある種非日常的で、興味深い現象である。これくらいの珍現象に遭遇したら一生他人との会話にこまらなそうだなとちょっとうらやましい。

実際問題、竜巻とかがあったら生物が降ってきたりとかするわけだし、竜巻から程よく離れたところにいくことを生きがいにすれば、運がよければ何かが振ってくるのかもしれない。

・・

明日から1泊2日のビジコンです。社員発信のビジネスプランを事業部化するため、みんなにビジネスの川上から川下まで知ってもらい、ビジネススキルをつけてもらうのが目的。もちろん、いいプランがあったらぜひ採用したい。

正式名称 VOLARE INNOVATION COMPETITION 2009 夏
略してイノコンです。でもイノコンという響きはダサくていやです。
誰かいい名称あったら教えてケロ!おたまじゃくしぃ

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