昔こんなことを考えていたことがある。
それは言語の違いによって文明の発展度合いって絶対違うんじゃないかってこと。
基本的に、人々が考えていることを伝える手段としては「身振り手振り」「口述」「記述」があげられる。
これらの集団はすべて実際の思考速度には到底ついていかないのではないかと考えたわけ。
要するに、「あーまじはらへったよ。マックに帰りによって飯買って帰ろう。あ、でも帰りにツタヤにも寄って新作借りたいなー。」って考える時間と口述する時間では明らかに前者のほうが早いのですね。
こう考えると、必然的に導き出される回答として、
長い単語を使う文明は進行が遅いということになります。つまり、特定の思考を伝える際、必ず言語の違いなどによって、情報伝達手段としての優劣は存在するのではないかと思ったのです。
この私の空想が正しいかどうかは別として、どうやら文章としての長さによってメディアの使われ方が変わるというのはあるようです。
twitterにおいて、140時という制限は、英語においては本当に軽いメッセージ伝達にとどまるが、日本語では結構イケるという話。
インスタントメッセージといっても言語によって情報伝達量にかなりの差が出てくるということですね。逆にグローバルにサービスを展開する際、言語の差を考える事も重要なのかもしれませんね。
でも最初に書いた言語の差による文明の発展の話って結構考えられ得ると思うんだよね。人々の生活がかなりの程度コミュニケーションによって左右されているということを考えると、そのコミュニケーションにおける情報伝達効率がそのまま文明の進展速度に作用してくるというにはあると思うんですよ。
でもこの考え方って危険で、一歩間違うと
「おれの国は言葉短いからお前の国より優れてるう~!」
とかなりそうですね。わら
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